

《モリーとゴリー》.jpg)
この作品は、戦争にまつわる物語が描かれています。仲の良かったアリクイ達が王冠をめぐって仲違いをし、次第に大きな戦争へと発展していきます。しかし、アリクイ達が争う間にカラス達が王冠を横取りしていきます。
5枚の作品のうち1枚目以外は全て戦いの場面が描かれています。2枚目に描かれているのは、さながら決闘のように対峙している2匹のアリクイの姿で、3枚目(ここで紹介している場面)以降は、場面を追うごとに戦いに参加する者がどんどん増え、大砲、戦車、戦闘機、爆弾…というように、近代から現代の戦争をなぞる描写によって争いが激化していく様を表しています。世界各地で起こっている戦争を風刺していると思える本作には、その愚かさを非難する作者の強い想いが反映されています。
ボローニャ展には、毎年社会が抱える深刻な問題に取り組んでいる作品が必ず入選しています。本展は、各国から集まった優れた作品を鑑賞するだけではなく、イラストレーションを通して世界と向き合う場でもあるのです。
《国道9号線》.jpg)
この作品は5枚全てに、夜の道路を走る車のフロントガラス越しに見える風景が描かれています。寝静まった家々、中央分離帯に連なる街灯、道路に飛び出してきた野生動物、といったように場面が移り変わっていきます。逆光でシルエットのみの運転席を画面下部に描くことで、見る者にまるで運転席に座っているかのような臨場感を与えます。夜闇と車のヘッドライトに照らされて浮かび上がる空間の対比が巧みさが、夜の静けさや心許なさまで思い起こさせます。
この作品に描かれている風景は、パタゴニアに実際にある場所にも関わらず、遠く離れた日本にいる私たちに、いつかどこかで見た景色を想起させる、郷愁めいた不思議な雰囲気を纏っています。
作者は、本作によってボローニャ展入選者のうち30歳以下の作家に与えられる「アルス・イン・ファブラ奨学金」を受賞しました。イタリアの美術学校のアルス・イン・ファブラでは、イラストレーションに関する専門的な教育を行っています。受賞者はこの学校で無償で学ぶことが出来ます。多くのイラストレーター達が学んできた本校での研鑽を経た作者の更なる活躍が期待されます。
《ちいさなポケット》.jpg)
女の子のポケットには散歩の途中で拾った小石、木の棒、貝殻といった宝物が入っています。それぞれがどこからやってきたのか、元の持ち主は誰なのか、と空想を巡らせることを楽しんでいたある日、女の子の前から宝物が忽然と消えてしまいます。女の子は宝物たちの行方を案じ、鳥にさらわれてやしないか、泥んこになってはいないか、と心配します。この作品は、物への愛着や、物に命を吹き込むことをテーマに描かれました。過去のインタビューで作者は「ささやかで取るに足らない小さいものに命をふきこみ、愛おしい存在にすることを好んでいる」と語っています。本作には、この時作者が語った想いを大切に、一貫して制作を続けてきたことがうかがえます。
作品に登場する宝物や動物は、昔の少女漫画を思わせる大きな目をした姿で描かれています。そのユニークな風貌に加え、サイケデリックな色彩とどこかレトロさを感じさせる絵柄がマッチして、思わずその世界観に引き込まれてしまう魅力がある作品です。
《パフォーマンス》.jpg)
この作品の作者にとって音楽は制作活動に欠かせない相棒であり、絵を描く時はいつもBGMを流し、音楽から感じるムードやエネルギーを制作の一助にしています。本作が生まれるきっかけになった「音楽を視覚化する」というアイデアは、音楽をこよなく愛す作者ならではの発想と言えるでしょう。
絵の中では、音符に見立てたリスが五線譜の上を駆け回り、楽器の音色やリズムがウマやウサギの姿を借りて表現されています。この作品を見ていると、賑やかで楽しげな音楽が聞こえてくるかのようです。音楽のなかでも特にリズム感や躍動感あふれる楽曲に惹かれる、という作者の嗜好が垣間見えます。
展覧会で上映中のインタビューのなかで、作者は次のように語っています。「イラストレーションに必ずしも現実を反映する必要はない。一方で、アートには、目に見えるものを超えたアイデアを表現するための無限の可能性が広がっている。」この言葉が表すように、本作は自由で豊かな想像力が見事に結実した作品と言えるでしょう。

ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェアでは絵本原画コンクール以外にも、子どものための本の普及を目指して様々な取り組みを行っています。ラガッツィ賞もそのうちの一つです。この賞は優れた児童書に授与される賞で、編集や装丁を含め、総合的な内容が審査されます。今年はこのラガッツィ賞に、日本人作家の絵本2冊が選出されました。オペラプリマ部門(作者の第一作目の本のみを対象とした部門)にすげいずみの『のらねこノラ』、コミック部門(6〜9歳向け)には横山裕一の『ゴロゴロゴロゴロなんのおと?』でそれぞれスペシャル・メンションを授与されました。
ボローニャ展では、特別展示として両作品の原画をご覧いただけます。『のらねこノラ』は、のらねこのノラと編み物好きなおばあさんが少しずつ心を通わせていく様子を、水彩絵具と色鉛筆の優しく繊細なタッチで描いた物語です。デザイナーとしても活躍する作者ならではの、構図も見所です。
『ゴロゴロゴロゴロなんのおと?』は、横山が初めて制作した絵本です。横山はオノマトペや個性的なキャラクターの表現が特徴的で「ネオ漫画」と称される作品をこれまで手掛けてきましたが、そのユーモアセンスが光る展開になっています。原画は、1枚の紙ではなく、別々の紙片にキャラクター・セリフの吹き出し・背景が描かれています。普段の製作では1枚の紙に全てを描きますが、今回は各パーツをデジタルツールで彩色する必要があったため、敢えてパーツごとに描き分けました。
原画に加え下書きや構想メモも一緒に展示しており、どのようなプロセスを経て1冊の絵本が作られたのかをご覧いただけます。

《ねこの生活》と題された本作では、人と共に暮らす猫の姿が描かれています。本棚の狭い隙間でくつろぐ猫、お腹を見せて甘える猫、大きな欠伸をする猫、大胆な筆使いで描かれた猫達は生き生きとしており、どれも特徴がよく捉えられています。作者は可愛らしさだけでなく、賢く逞しい猫の生き方に心惹かれ、絵で表現したいと考えるようになったと言います。
本作のように、今年のボローニャ展では、猫が描かれた作品が多く入選しています。猫の自由な生き方が、国境や文化を越え、多くのイラストレーター達にインスピレーションを与えていることがよく分かります。

画面の左側にはねずみが赤ちゃんを出産する様子、右側では死んだねずみが棺に入れられて運ばれていく様子が描かれています。次の場面では、ねずみの赤ちゃん達がすくすく育ち、埋葬されたねずみは骨になり土に還っていく、といったふうに物語が続いていきます。生と死を隣り合わせで構成することで命が受け継がれていく様を、さらに、ねずみの周囲に虫や爬虫類、植物や菌類を描き、自然の中で循環しているあらゆる命とその営みを見事に描写しています。
本作は、文章が書かれていないイラストのみの絵本として2025年に出版されました。これまでも世界中で、「いのち」という普遍的なテーマを扱った素晴らしい絵本が生み出されています。4年もの構想・制作期間を経て完成した本作も、世代や国境を越え、多くの人々に読み継がれていくことでしょう。
《復讐するは我にあり》.jpg)
本作は、韓国の民話が元になっています。主人公は畑から豆を盗んだウサギを捕まえようとあの手この手を使い、最後は火のついた松明を持って追いかけますが、その火は自宅に燃え移り、自身の行いにより全てを失ってしまいます。物語の展開もさることながら、目を惹く激しい色遣いと、怒りの形相を浮かべる主人公の迫力ある姿が印象的で、今年の入選作のなかでもひときわインパクトがあります。
日本の絵巻にも多く使われている、異なる時間の出来事が同じ画面に描かれる異時同図法で描かれています。ここで紹介している1枚にも、いくつかの場面が細かく描き込まれており、その構成力には目を見張るものがあります。この作品は絵本として出版されていますが、通常の形態とは異なり、蛇腹状に折り畳まれた装丁で、横長に広げて読むことができます。会場では是非絵本を手に取り、作品としての完成形もお楽しみください。
《ある一瞬:砂のスケッチ》.jpg)
絵本原画コンクールの応募の規定には、作品の技法に関するものはありません。そのため、ボローニャ展では毎年多様な技法の作品を見ることが出来ます。その中でも珍しいのが、砂絵で描かれたこの作品です。
作者は様々な画材に触れて自身の表現を模索する中、2023年にチベットの砂曼荼羅に出会いました。それがきっかけで幼少期に親しんでいた砂絵の魅力を再び見出し、以後この技法を追求し続けています。
本作は、活動拠点であるイギリスの各地を旅した思い出や、その時々に抱いた感情を元に描かれました。砂絵ならではの繊細さと優しい色合いが美しく、詩情豊かな作品になっています。液晶画面では分からない、はがき大の小さな紙を埋め尽くす砂一粒一粒がきらめく様を是非会場でご堪能ください。
《おでこにたんこぶ?いえ、たまご》.jpg)
エンヒッケ・モレイラは今年で3度目の入選で、2024年にはSM出版賞を受賞しており、ボローニャ展ではお馴染みの作家です。今年の入選作もこれまで同様シンプルな絵柄と少ない色数で構成されています。
本作の主人公の男の子は転んで頭をぶつけて、おでこに大きなたんこぶができてしまいます。しかし、たんこぶだと思っていたそれは実は玉子でした。男の子は玉子について調べるべく、百科事典のなかにとびこみます……現実ではありえない物語ですが、この作者らしい愛嬌ある絵柄とユーモアあふれる発想が魅力の作品です。5点の作品の中でテンポよく物語が進む構成も見事で、ボローニャ展常連入選者である作者の力量が感じられます。
《ぼくらの星》.jpg)
本作は架空の惑星を舞台にした作品です。ちょっと不思議な生き物たちが暮らす街の様子が描かれています。よく見ると、生き物や建物には細かな模様が描かれていることが分かります。作者はデジタルツールを用いてこの作品を描きましたが、模様部分は、海岸で拾った流木やロープで描いた絵をスキャンしたものが元になっています。
この作者のように、アナログとデジタルの両方を併用する入選作家は多くいます。デジタルツールの発達は、多様な表現を可能にしました。「原画」というとアナログ技法で制作された作品をイメージする方は少なくないと思いますが、いまやデジタル技法も絵本原画を語るうえでは欠かせない重要なツールの一つとして定着しています。
今年60年目を迎えたボローニャ展。60年前には考えられなかった技法で制作された原画が毎年数多く入選しています。様々な画材を駆使して新たな表現を生み出そうとするイラストレーター達の柔軟で意欲的な姿勢は、原画の可能性を広げ続けています。